東京高等裁判所 昭和42年(ネ)1930号 判決
一 被控訴人仙波博が昭和二七年六月から第一審相被告株式会社緑屋(以下緑屋という)に雇われ、同四〇年一〇月三一日任意退職し、被控訴人梅本佳男が昭和三三年三月から同じく緑屋に雇われ、同四〇年一〇月一五日任意退職したこと、控訴人と被控訴人両名との間において、それぞれ昭和三七年九月二九日、寄託並びに身許保証契約と題して、「(一)被控訴人らは現にその所有する緑屋の株式全部及び右株式に対して将来増資割当によりその所有となるべき株式のすべてを控訴人に寄託する。(二)被控訴人らにおいて緑屋に勤務中、故意または重大な過失により緑屋に損害を及ぼした場合は、控訴人は被控訴人らの依頼により右寄託を受けた株式の限度で同人らのため緑屋に対する損害賠償の責に任ずる。(三)被控訴人らが緑屋に勤務中は、控訴人に寄託した株式を第三者に譲渡しない。但し退職の場合は控訴人の指定する者に時価で譲渡する。この場合の時価は払込金額とするが、将来寄託株式が株式市場に上場された場合には退職時における株式市場の取引価格をもつて時価とする。」旨の契約が成立したこと、その後緑屋との間に、被控訴人仙波においては昭和四〇年七月一四日、同梅本においては同月一七日、それぞれ被控訴人ら名義の右株式について、「(一)株式は名義人が緑屋の幹部社員として、定年に達するまで責任と誠意をもつて緑屋の業務に貢献することを前提条件として、もともと緑屋役員のものであつた持株を名義人の名義としたものである。(二)名義人が定年退職の場合または死亡もしくは重大な事故に因る不具等不可抗力の理由により、途中退職の場合はその時点における時価によつて、緑屋またはその指定する者が株式を譲り受け、その代金は名義人に支払われる。(三)名義人が懲戒処分により退職させられた場合または自儘に一方的に退職する場合は、この株式は原所有者または権利者に返還される。」ことをその骨子とする名義株式に関する契約と称する契約が締結されたことはいずれも当事者間に争いがない。
二 〔証拠〕によれば、「月賦百貨店を経営する緑屋は、昭和三二年以前頃から、従業員に特別賞与として自社の株式を附与することを目論み、従業員中特に会社に功績のあつた者に対して増資の際の第三者割当の株式あるいは代表取締役岡本虎二郎の失権株を割当て、それらの者に支給すべき特別賞与金をもつて株金額に充当し、株主としての権利行使を承認する一面、それらの者が取得した株式については、控訴人にこれを寄託させる方針を採つたこと、かくて被控訴人仙波は昭和三二年一一月一五日に緑屋の株式一、〇〇〇株、被控訴人梅本は同三四年一〇月一日に同二五〇株をそれぞれ特別賞与金の引当として取得し、各右株式取得の頃、緑屋並びに控訴人両会社の代表取締役を兼ねていた岡本虎二郎個人との間で、『被控訴人らが取得した緑屋の株式をなんらかの事由で他に譲渡する場合、または被控訴人らが緑屋及びその傍系会社を退社する場合には、右株式を岡本虎二郎またはその指定する者に額面金額で譲渡する。』との約定をなし、その後昭和三八年九月頃までに、引き続き特別賞与まれには無償交付の形式により、被控訴人仙波は四、五〇〇株、被控訴人梅本は七〇〇株をそれぞれ取得し、次いで昭和三八年一〇月五日増資割当株金額の自費払込により被控訴人仙波において五、五〇〇株、被控訴人梅本において一、〇〇〇株を各取得した結果、退職時において被控訴人仙波は一万一、〇〇〇株、同梅本は二、〇〇〇株を所有することになつたが、右株式はいずれもその取得の都度これを控訴人に寄託していたこと、その間昭和三七年九月二九日被控訴人らと控訴人との間に右株式寄託の法律関係を明瞭にするため、前記の寄託並びに身許保証契約が締結されたこと、その後昭和四〇年七月にいたり、緑屋と同社を任意退職した従業員との間に寄託株式返還の法律関係について紛議を生じ争訟に立いたつたことや当時既に緑屋の株式が東京証券取引所株式第二部に上場され、市場価格が形成されていたこと等がきつかけとなつて、被控訴人らと緑屋との間に前記名義株式に関する契約が締結されたこと」をそれぞれ認めることができ、原審並びに当審証人浅井達也の証言中右認定に反する供述部分はにわかに採用し難く、他に前認定を覆すに足る資料はない。
右認定の事実によれば、被控訴人らは名実ともに緑屋の株式を取得し、これを控訴人に寄託し、控訴人は被控訴人らが緑屋に勤務中、同会社に与えた損害を寄託を受けた株式の価格の限度において賠償する旨の委任を受けるとともに、被控訴人らが緑屋を退職した際には、右にいう損害賠償の問題が介在しない限り、そのときの時価即ち市場取引価格をもつて右株式を買受け、その代金を被控訴人らに支払うという趣旨のもとに前記寄託並びに身許保証契約が締結されたものと認められる。
三 ところで、その後被控訴人らと緑屋との間に成立した前記名義株式に関する契約中に、被控訴人らが、自儘に緑屋を退職した場合には、寄託株式の時価相当金額の支払を求め得ない旨の条項が存することは前認定のとおりであり、もし右条項が、被控訴人らと控訴人間の株式寄託の法律関係をも規制する効果をもつものとすれば、緑屋を任意退職した被控訴人らはその主張のような金員請求権をもたないこととなるので次にこの点を検討する。
さて前記名義株式に関する契約は、被控訴人らと緑屋との間にそれぞれ締結されたものであつて、契約当事者の点において被控訴人らと控訴人との間に締結された前記寄託並びに身許保証契約とは異なるものがあるけれども、先に認定した緑屋は控訴人と代表取締役を共通にしている事実及び原審証人浅井達也、同中川哲男の各証言によつて認められるところの、控訴人は代表取締役のほか他の役員も緑屋と共通で、しかも自らは事務部門を持たず、専ら緑屋の仕入部門を担当する会社であつて、株式関係の事務はすべて緑屋の株式課で取扱つていた事実と、右名義株式に関する契約書である成立に争いのない乙第三、四号証の各冒頭部分の記載を併せ考えれば、右契約は控訴人と被控訴人らとの間の前記寄託並びに身許保証契約に優先してこれを適用し、その契約内容に牴触する範囲において前の契約内容を変更訂正するとの拘束を、緑屋に対する関係においてのみならず、対控訴人の関係においても被控訴人らに負わせる趣旨の合意を含むものと認めるのが相当である。しかしながら右乙第三、四号証記載の契約条項中、被控訴人らの控訴人に対する寄託株式は、被控訴人らが定年に達するまで緑屋に勤務することによつてはじめて実質上被控訴人らに帰属することとし、そのため被控訴人らが寄託株式の時価相当の金額の支払を受け得る退職を定年退職に限定して、任意退職の場合にはその支払を受け得ないと定める部分は、右株式が前認定のような経緯によつて名実ともに被控訴人らが取得したものであるとの事実を没却し、被控訴人らの既得権を侵害し、雇用契約を利して被用者たる被控訴人らに不当に不利益を課し、使用者たる緑屋を故なく有利に取扱わんとする点において民法第九〇条に違反するのみならず、被控訴人らをして定年まで緑屋に勤務することを間接的に強いる素因を含む点において労働基準法第五条の精神に違反する無効なものといわなければならない。
(古山 川添万 右田)